『天使のリボン』 sentence : Hiro-Mizumoto.
二人で海辺の街で暮らすようになってから数日経ったその日の早朝。 リュミエールは所用があって、初めて一人で街中まで出かけて行った。 帰り道。リュミエールは思い出す。 自分がまだ守護聖で、アンジェリークが女王候補だった頃。 日の曜日になると、よくアンジェリークを誘った。 「私の私邸の庭には綺麗な花がたくさん咲くのですよ。宜しければ一緒にスケッチを致しませんか?」 「わあっ、嬉しい。ありがとうございます、リュミエール様」 心の底から嬉しそうにアンジェリークは笑った。 「庭園に美味しいお茶を出すカフェテリアがあるのです。日の曜日にご一緒しませんか?」 「ありがとうございますっ、リュミエール様。楽しみにしていますね」 決してお義理ではない彼女の笑顔を見て、自分も安心して微笑んだ。 時には育成に関して強い口調で意見を言った。 その言葉に彼女は涙を浮かべて頷いた。 優しい言葉をかけて手を貸してやりたいと、何度思ったことだろう。 その気持ちを押し殺して、彼女の為だと自分に言い聞かせた。 自分は守護聖だから。彼女は女王候補だから。そうも言い聞かせながら。 恋心を押し殺し、何も告げずに微笑を浮かべる日々が続く中で、ある日の曜日に。 ハープをお聴かせしますよ、と彼女を誘って出かけた森の湖で。 「私、・・・・・・私はリュミエール様が好きですっ」 叫ぶように言って自分を見つめたアンジェリークの瞳。 今でも忘れない。あの一言がなければ今の生活はありえなかっただろう。 リュミエールは足を早めた。早く家へ帰ろう。アンジェリークが待つあの家へ。 小鳩が飛びまわる石畳の舗道。街中を通り過ぎれば、もうすぐあの丘が見える。 丘陵の間の道を行く。道の左右に花が咲き乱れている。 暖かい陽気に包まれて、一年中絶えることなく花が咲いている道を行く。 やがて遠くから二本並んだオレンジの木が目に入ってきた。 その木の濃い緑の葉。満開の白い花。葉が作る屋根越しに見える空の深い青。 緩いカーブを描いたこの路を曲がれば丘の前へ出る。 リュミエールは、道なりに丘へと更に足を早めた。 家を目指して丘を登る。仰ぎ見るリュミエールの瞳に映る風景。 群青色の空。渡って行く白い雲。アンジェリークの瞳に似た色の丘の斜面を、覆い隠すほどの花の絨毯。 そして、二本の木の間に張ったロープに、シーツを干しているアンジェリークの姿。 斜面をまだ登りきらないうちに。彼女がリュミエールに気がついた。 こちらを見て一瞬動きを止めたアンジェリークが、大きく右手を振る。 きっと彼女は笑っている。リュミエールは微笑んで、珍しく手を大きく振り返す。 応えるように、アンジェリークは更に大きく手を振る。顔がはっきり見える距離まで近づく。 その飾らない笑顔。彼女からもリュミエールが笑っているのが見えたのだろう。 アンジェリークは走り出した。 斜面を転がり落ちるように、アンジェリークが走ってくる。 加速度がつく。止まらない。きっと止まる気もない。 「危ないですよ、アンジェリーク」 思わず声をかけて、リュミエールは立ち止まって両手を広げた。 勢い余ってぶつかるように腕の中へ飛び込んで来た彼女を、全身で受け止める。 反動で倒れ込む。そのまま2、3回転がると、二人で声をたてて笑い合った。 「お帰りなさいっ!」 息を切らせて、頬を上気させてアンジェリークが言う。 喜びにその瞳が輝いている。 リュミエールはその瞳を見つめた。先程、思い出していた聖地での日々を再び思い出す。 一瞬言葉もなくアンジェリークを見つめた後、リュミエールはアンジェリークを抱きしめて耳元で囁いた。 「ただいま戻りました、アンジェリーク。お会いしたかったですよ」 たった半日足らずなのに。そう言ってアンジェリークは笑った。 「それでも会いたかったのです。可笑しいですか?」 微笑を浮かべて瞳を覗き込んで問う。 あの頃。 何かにつけて、アンジェリークを誘った。 庭が綺麗だから。お茶が美味しいから。ハープを聴かせたいから。 全て事実だったけれど、本当に言いたかったことは、たった一つだけだった。 (貴女にお会いしたいのです) 一度も言ったことがことがなかった。理由をつけなければ誘えなかった。 彼女はいつも、飾らずに笑った。嬉しそうに、頬を染めて。 泣かせたくないのに強くものを言った。彼女は強がることもなく泣きそうな顔で頷いた。 たった二文字の『好き』と言う言葉を言えずに、胸に隠して微笑み続けていた日々。 終止符を打ったのは、アンジェリークのあの告白だった。 瞳を覗き込むリュミエールに、 「えー、だってずっと一緒にいるのに、会いたかったなんて言うから・・・」 アンジェリークは少し照れたように笑った。 「今朝は離れていましたよ。私は片時も貴女と離れていたくはないのに。貴女は寂しいと思っては下さらなかったのですか?」 身を起こして、リュミエールは拗ねたように言う。 「え?えっとっ。わ、私も寂しかったです」 「本当に?アンジェリーク」 リュミエールに手を引かれ、起き上がろうとしたアンジェリークの髪のリボンが、花の茎にからまって解けた。 それに気づいてリボンを手に取り、髪を結び直そうとするアンジェリークの手を押さえてリュミエールは微笑んだ。 「結ばなくても良いですよ。貴女はそのままで十分綺麗ですから」 「ええ?リュミエール様、今日はどうしたんですか?なんか、さっきから変ですよ?」 はにかみながらアンジェリークは、風に吹かれてからまる髪を押さえた。 リュミエールは笑った。 「どうもしません。ただ・・・貴女に私の思っていることを伝えたくなっただけです」
理由をつけなければ彼女を誘えなかった自分に、何も理由などつけなくても、こうして二人で一緒に暮らせる日々を与えてくれたアンジェリーク。 いつでも飾ることなく感情を見せてくれたアンジェリークに。 自分も飾ることなく想いを言葉にして伝えよう。 あの頃言えなかったことを。 会いたいのです。 貴女を愛しています。 あの頃に言えなかった分だけ、声に出して何度でも言おう。 アンジェリークが手にしていたリボンを引き取って、リュミエールは微笑みかけた。 これからは飾らない彼女を、飾らない想いを込めた自分の言葉で飾ろう。 彼女が笑っていられるように。幸せで満たされていられるように。その瞳が輝いていられるように。 髪を押さえたまま首を傾げて自分を見つめ、それでも嬉しそうな表情を浮かべたアンジェリークの頬に。 リュミエールは風が触れていくようなキスを贈った。 くすぐったそうに笑うアンジェリークを、笑って抱きしめながら。 その瞼に、頬に、髪に、唇に。 数え切れないほどのキスを贈る。何度も贈る。 決して解けることのない、飾らない愛と言葉とキスで、腕の中の天使を飾る。 抱きしめたまま、繰り返しキスを贈った後で。 リュミエールはその耳に顔を寄せて囁いた。 「アンジェリーク、愛しています」 囁いた後、耳へ唇を触れるリュミエールの首に。 アンジェリークは目を閉じて、そっと腕を回した。
Fin. ------------------------------------------------------------ 水本ひろ様のリュミリモ創作を拝読していて、うっとり悶えまくった挙げ句、イメージイラスト(コレ) なんか描いてしまったんですが、お返しにと、なんとその創作を頂いてしまいましたっっ!! 水本サマの創作は、どれもすごく優しくて暖かくて、風景や音、温度までが伝わって来る様な、桜屋のツボ直撃なものばかりなんですよね〜vv* 水本サマの創作群を読んで以来、更にリュミリモ好き度が上昇している私です…vvv そして、またも挿し絵なんて入れてしまったり。 そういえばアンジェ絵でペインター使ったのは初めてっスね… |
周防丸屋. 2001.